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変化には異端児が必要! ニュース記事に関連したブログ

2012/02/20 13:03

 

この閉塞感は、戦後復興のために中央集権を強化し、お金、権限、人、情報、さまざまなものを中央に集める必要があった。

 

これができたから、急速な復興を遂げることもできたと言う事実は間違いはない。

 

しかし、今の日本はその中央集権による一元化の浸透が、閉塞感の温床となっているのである。。。

 

変化するためには異質なものが内包されなければならない。

 

価値の一元化は、すなわち停滞を表す。

 

これは、今の時代のことである。。。

 

価値観の多様化を進めながら、国益と言う視点では袂を分かち合える地方分権をどのように作るかが大きな課題であるが、、、

 

無政府資本主義的な思考への急激な傾倒によって、国力と言うものが急速に衰えているというジレンマをどのような解決するかと言う点では、海外からの批判に対しても、打ち勝てるだけの思考の構築を必要とするのかもしれない。。。

 

文明社会を変化し続ける社会であるとした福沢諭吉

 

停滞する社会は野蛮社会であると言っている、その上で、

 

日本は昔、半開社会であると評されていたが、今の日本は文明社会へと向かっているのではなく、野蛮社会へと突き進んできたのではないだろうか。。。。。

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「和」は「わ」か「やわらぎ」か ニュース記事に関連したブログ

2012/02/17 11:27

 

 17条憲法の出だし、

wikiより

日本書紀には

一曰、以和爲貴、無忤爲宗。人皆有黨。亦少達者。以是、或不順君父。乍違于隣里。然上和下睦、諧於論事、則事理自通。何事不成。

 

一に曰く、和を以て貴しと為し、を以て貴しと為し、忤(さか)ふること無きを宗とせよ。人皆党(たむら)有り、また達(さと)れる者は少なし。或いは君父(くんぷ)に順(したがわ)ず、乍(また)隣里(りんり)に違う。然れども、上(かみ)和下(しも)睦(むつ)びて、事を論(あげつら)うに諧(かな)うときは、すなわち事理おのずから通ず。何事か成らざらん。

 

この「和」を

「わ」と思い込まされきたことに作為的なものを感じる。。。

 

日本の戦後は安保闘争が終息後特に協調性を重視する居いくというものへ傾倒していったように思える。。。

 

いろんな発言に対し、真っ向からの反論は少なく、実現できるはずがないなどの未来を打ち消す反論を多く聞くのもそのためではないだろうか。。。

 

本来、組織のスクラップあんどビルドこそ、民主政治には必要であるが、

組織にストックあんどビルドををおこない、結果、既得権益の長期化が、

特権主義を生み、精神腐敗を生み、制度不良につながるのである。。。

 

役人の身分保障は何のために存在するのか、、、

特権を牛耳るためではなく、特権を作らないためにあるはずであったのではないだろうか。。。

 

政権交代で期待したのは思考の転換と、マニフェスト実現の期待との両者のエネルギーが集積されたものであったのだろう。。。

 

しかし、いざ政権交代が決まると、メディアはマニフェスト批判を繰り返し、世論調査という世論を創作し、選挙結果によって反映されるべき世論は無視されたのである。。。

 

政権交代には大きな意義があった、

それは、日本は民主政治ではないという事実を突きつけられたのである。

 

「わ」か「やわらぎ」かという視点にたって、

日本は「わ」から「やわらぎ」へと精神を転換し、本来の17条憲法の精神へと立ち返る必要がある。

 

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問題を作り出した人たちに問題を解決する力はない。 ニュース記事に関連したブログ

2012/02/16 00:23

 

その問題が起きたのと同じマインドセットでは、 その問題を解決できない
アインシュタインの格言から

 

問題解決という視点に立って考えた場合、その問題を引き起こした原因を作ったときの思考からは、実はその間違いを正せるものは見つからないということを言っているのだろうと思える。

 

今回のこの自民党の方が批判する中に、実は自民党自体の限界を露呈していることを気づいていない愚かさを感じることが出来る。。。

 

多くのプロフェッショナルと呼ばれる人たちの陥りやすい思考の硬直をすごく感じることが出来る。。。

 

それは、その当時無理であったという答えを重視するあまり、自らその選択をしなくなるという、多くのひとが陥りやすい間違いではないだろうか。

 

ひとの力で生み出したものが、ひと力で壊せないはずがないという逆説的な思考を常に持っていればこのような発言にはならないはずであるし、また、ある一部を守るという保守思考の主語が国から、地方、地方から、組織、そして個人へと主語変化を起こすことが結果的に、国を守るという大前提のものをないがしろにしていることを自ら感じれていないのではないかというように見えてくるのである。

 

これは、ある意味反面教師として大いなる価値を有することであるが、

その言葉の真意というものどう受け止めるかという問題である。。。

 

しかしながら、制度などの根本の変化は結果的に自らの存在意義というものを失わしめるというリスクを負い、恐怖を感じるのであるが、その恐怖というものの中に自らの非を認め受け止める思考なくして、変化に追従していく精神性は見いだせない。。。

 

改善の基本は今を否定することである。。。

 

今の否定は過去の否定に飛び火することでもあるので、その恐怖に対しての反応としては普通の人であるということぉ証明しているが、

混沌として事態、閉塞感が漂う時代にはそのようなふつうのひとの対応ではその能力自体の質の違いからマッチしないのである。。。

 

船中八策の真意は、船という乗り物を動かすにはそれぞれがそれぞれのや植わりを理解し、そのことが船という乗り物を無事に航海続けるため必要最低条件であるという精神性を、表しているのではないだろうか。。。

 

今の日本は船長が末端の船員に対し、単にダメ出ししているにすぎない、

 

船長が無事に何事もなく航海を完結するためにはいろんなリスクを予見し、

その航海の先に明確な実りというものをビジョンという明確かされた目的に向かうために必要な作業をおざなりにし、単に非難しているにすぎない。

 

しかし、その結果はいうまでもなく、目的を見失っただけでなく、

その目的達成がどこにあるのかさえも、消費者迎合主義を続けることによって、目標を見失ってきた政府のあり方自体を問われているのだということに気づかないだけでなく、保守思考による特権意識のた高まりこそが根本的な問題であるということを気づかない不利を続けているしかないように思えるのである。。。

 

アインシュタインのこの格言の中に、今の日本が抱える問題を通説に感じるのである。。。

 

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民主制ではない日本の政治 ニュース記事に関連したブログ

2012/02/11 12:56

 

民主党は10日、昨年3月に作成した年金抜本改革に関する財政試算を公表した。2009年衆院選の政権公約マニフェスト)に盛り込んだ年金一元化と月額7万円の最低保

100年安心年金プランは舞台のセット
税と社会保障の一体改革は、安心のリス契約のようである。。。

年金の一元化はもっと早くにすべきであった。
年金こそが特権の最たるものである。。。

議員年金共済年金は未だ、国が管理するようになっているが
厚生年金国民年金は民営化された。。。

本来は、国の仕事は最大限公益性を重んじなければならないが、
上記のように、分離していることこそが、国民主権をあざ笑い、
特権んも最たるものである。

このような状態で、年金改革などできるはずがない。
まずは、何を置いても一元化が先である。

最低保証年金部分だけを国が運用し、特権的な部分は、
民間の保険会社などに払い下げればいいのではないだろうか。

このような試算は100年安心年金プランの時に出すべきであったが、その頃のメディアの姿勢を思い出すと頭にくる。。。

日本は民主政治ではない、メディアを利用した官僚主導から
抜けない限り、政治改革はないのかもしれない。。。

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ビジョンがない改革はない! ニュース記事に関連したブログ

2012/02/05 16:34

 

 財源不足の危機感がないというが、、、

 

人口減少を続けていることが大きな要因なのであって、

 

人口減少と寿命が延びたことによって、

年金は完全に破綻していたのである。。。

 

今回の社会保障と財政の一体改革といっているが、、、

内容は消費税アップ以外は何も見えない。。。

 

それどころか、子供手当、高校無償化すらも逆風が吹いている状態である。

 

円高は容認姿勢を継続、アメリカ国債を買うための言い訳のようなドル買い介入。。。

 

自民党から民主党への政権交代によって、

日本の民主政治という物がいかにまやかしであるかだけが明らかになった。

 

今の日本に対する危機感がないのは財務省を始め、今の正負自身ではないのか、、、

 

それは、少子高齢化によって社会保障が増大するから、財源が不足する分を補填しなければならない、という論法は明らかに子供だましである。。。

 

少子高齢化のいくつ先は、人口の減少である。。。

 

人口の減少は年金の負担だけでなく、インフラの維持管理コストの負担ものしかかる、しかも公的債権を税で補うのであればそれすらも負担である。。

 

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100年安心年金プランはなんだったんだ! ニュース記事に関連したブログ

2012/01/30 23:34

 

今更何を言っているのだろうか、、、

100年安心年金プランはどこへ消えたのか、、、

少子化対策といいながら、

国際人権規約A規約の13条を未だ実現していない国
加盟国160カ国中残りに国となり、もう一つはマダカスカル。
1979年にこの条約に加わりながら、、、
今まで何をしていたんだということである。。。

http://homepage2.nifty.com/jinkenken/jinken.html から


○国際人権規約

(1966年12月16日国際連合第21回総会において採択)

■経済的、社会的及び文化的権利に関する国際規約(A規約)

(1979年8月4日条約第6号 発効1979年9月21日)



第13条

1  この規約の締約国は、教育についてのすべての者の権利を認める。締約国は、教育が人格の完成及び人格の尊厳についての意識の十分な発達を指向し並びに人権及び基本的自由の尊重を強化すべきことに同意する。更に、締約国は、教育が、すべての者に対し、自由な社会に効果的に参加すること、諸国民の間及び人種的、種族的又は宗教的集団の間の理解、寛容及び友好を促進すること並びに平和の維持のための国際連合の活動を助長することを可能にすべきことに同意する。

2  この規約の締約国は、1の権利の完全な実現を達成するため、次のことを認める。

(a) 初等教育は、義務的なものとし、すべての者に対して無償のものとすること。

(b) 種々の形態の中等教育(技術的及び職業的中等教育を含む。)は、すべての適当な方法により、特に、無償教育の漸進的な導入により、一般的に利用可能であり、かつ、すべての者に対して機会が与えられるものとすること。

(c) 高等教育は、すべての適当な方法により、特に、無償教育の漸進的な導入により、能力に応じ、すべての者に対して均等に機会が与えられるものとすること。

(d) 基礎教育は、初等教育を受けなかった者又はその全課程を終了しなかった者のため、できる限り奨励され又は強化されること。

(e) すべての段階にわたる学校教育制度の発展を積極的に追求し、適当な奨学金制度を設立し及 び教育職員の物質的条件を不断に改善すること。

3  この規約の締約国は、父母及び場合により法定保護者が、公の機関によって設置される学校以外の学校であって国にとって定められ又は承認される最低限度の教育上の基準に適合するものを児童のために選択する自由並びに自己の信念に従って児童の宗教的及び道徳的教育を確保する自由を有することを尊重することを約束する。

4  この条のいかなる規定も、個人及び団体が教育機関を設置し及び管理する自由を妨げるものと解してはならない。ただし、常に、1に定める原則が遵守されること及び当該教育機関において行われる教育が国よって定められる最低限度の基準に適合することを条件とする。


破綻している年金を守ることには必死でするが、
肝心の消費し対策には消極的としか思えない。。。。

女性の社会進出という問題と子育てという問題を
本来同列で議論すること自体があり得ない話である。。。

子持ちの議員も存在するが、結局のところ自分たちは何とか
頑張って両立しているが、何とかしないといけないね、という
半ば自慢のような話では、進むはずがないのである。。。

実際、二人産んで、現状維持ということは、
三人以上で産まなければ増えるはずはないのである。。。。

少々単純すぎるが、、、、、

女性の社会進出だけが原因でもなく、結婚しながら、子供がいない夫婦の増加も深刻な問題である。。。

これは、ひとつは財布がふたつになり、ツインカムという風潮が強まり、
好きなことをすることを助長するような形で需要喚起してきたからにほかならない。。。。

本気で少子化対策をするのであれば、、、、
女性を社会から家庭へ戻し、その上で、出産する女性や、子育てする女性の行政サービスを向上させ、その上で、高等教育までの無料化と大学における奨学金制度の充実などによって、出産から子育て教育における金銭負担を圧縮する以外の方法はない。。。

このことを、単に経済的観点からの活性化を目的とした視点ではいけない事は念を押しておかなければならない。。。
この観点が入ったことによって、いろんな規制にがんじがらめにさせられ、
結果余分なコストばかりがかかり実現が遠退くからである。。。

また、大都市制度的な観点からいけば、文明国としての日本の中に
多様な文化圏を内在させるために、価値観を多様化させるべきである。。

つまり、中央集権的な仕組みではなく、大都市制度改革の一つとしてとはいなければいけない問題であるとも考えられる。。。

30年以上も放置していた人権規約だけでなく、、、
少子化対策の掛け声だけで、一行に進むとない議論を続けている余裕はないのである。。。

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大いなる力には大いなる義務が伴う ニュース記事に関連したブログ

2012/01/25 15:20

 

ブレス・オブリージュ
                                       高貴なのものの義務

特権をもつ存在である貴族は、国家のために大事があると真っ先に兵として戦い、困っている人に奉仕するなどの社会的貢献をする義務があるという意味である。実際戦争においては貴族の子弟は危険な任務に競って志願しすることが多く、多くが戦死をしたそうです。

特権や権力、地位や名声、大きな力を持つものが、果たすべき責任を果たさない日本は、大いなる力に対する義務的意識が低く、権利というものにしがみついているのではないだろうか。。。。

日本は法治国家にあらず、
                                      放置国家である。

という点についても、言えることではないだろうか。。。

行動に理念や信念を持たず、方を侵さない事だけを重視した政治は
今の問題を解決できないのではないだろうか。。。

今起こっている問題は、過去の概念や現在の概念の蓄積によって起こった歪である。。。

しかしながら、メディアという存在自体が今のところ、大いなる力をしていているが、義務を果たせているようには思えないと私は思っています。。。

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メディアと教育の責任、、、 ニュース記事に関連したブログ

2012/01/23 13:17

 

対話力の欠如は根本的には教育の問題である。

詰め込みによる教育によって、議論慣れしていない問題や、

和を以って貴しとなす

の〝和〝を(わ)と刷り込まれたことで
調和を乱さないことことが重視され、

多数意見に迎合することが重視されてきた。。。
その意味もないままに、、、、

また、それを助長するのはメディアである、
特に民放はひどい、、、

娯楽番組の言葉の乱れや、その乱れを評価するようような
すら存在している。。。

メデイアのこうした視聴率競争が、
結局のところ視聴者迎合主義をなっていることがおおきなもんだいである。。。。。

まそれは、スポンサーの消費者迎合主義が大きく影響している。。。

研修が一般化する前に、教育課程で、言葉の乱れをなくす教育をすべきである。。。

議論をさせるという場をつくり、言葉や、コミュケーションの教育ですべきである。。。

メディアによって情報選択権を奪われ、視聴率競争の犠牲に多くの若者は晒されているのである。。。


また、インターネットの普及によって、注意しなければならないのは、
言葉というものでコミュニケーションは完結しない事ことである。。。

本来は、声のトーンや、特にいうの動きのよって、言葉の意味合いが
好意的であるか、批判的であるかという判断をする重要な要素である。

つまり、言葉だけでやり取りする中では不完全なコミュニケーションとなっていると思ってはいなければないない。。。

人類のコンミュニケーションの始まりは、食と考えられる。
これは、本来奪い合う対象の食というものを挟んで向かい合わせでだべるという行為から、目の進化と言葉の発達によって、進化してきたと考えられている。。。

これを現代におきかえれば、奪い合う対象はお金であり
食は奪い合う対象になっていない。。。

しかし、お金について、教育はある意味無力であり、
怠慢であり、無責任ではないのだろうか。。。。。

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選挙結果をないがしろ ニュース記事に関連したブログ

2012/01/19 12:54

 

教育改革から始まる一連の報道は、非常に危険である。。。

政権交代をないがしろにしたのも、基本的にはめでぃあである。

それは、選挙という世論反映の唯一の機会を、

世論調査を持って捻じ曲げ、迎合させていったのである、、、

政治家の信念というものをあらゆる形で支配する構造が出来上がっているように感じる。。。

今回の一連についても、公約を掲げ、選挙を戦ったものに対する礼を失しているメディアや、学者という肩書きを権力として力の使い方を誤った駄々っ子のような発言は呆れるばかりである。。。

学者にしてもすべての学者が同じ意見ではない、、、

その学者の中から、わざわざ反対する学者を登用し
けしかけるような演出をしているのは、明らかにメディアである。。。

例えれば、ミニカーを両手に持ち
ぶつけて遊ぶような感じなのであろうか、、、、

国旗国歌訴訟についてもそうであるが、、、
明らかに民主政治は崩壊し、法治国家が大人の事なかれ主義によって、機能せず、放置国家へと転落している。

選挙結果の尊重は民主政治としての基本中の基本である。。。。

その結果に対して、ネガティブに偏る報道は、国民に対して敵対しているのであろうか。。。。

学者の人たち全てではないが、その学者たちの出す論文を都合良く使う、
企業や経済の仕組みがある事には注意を払うべきである。。。
地球温暖化問題にしてもそうであるが、
温暖化しているかどうかというんについてきても、すべての学者がそう言っているわけではないということである。。。

メディアの編集によって情報の質や内容は変質してしまっている事を知るべきであるし、それをこそ教育すべきであると私は思う。

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切れ味の悪い判決 ニュース記事に関連したブログ

2012/01/18 14:41

 

この国旗国家訴訟について、
この判決はあまりにも、切れ味が悪すぎる。。。

wikiより
1996年頃から、公立学校の教育現場において、当時の文部省の指導で、日章旗(日の丸)の掲揚と同時に、君が代の斉唱が事実上、義務づけられるようになった。しかし、反対派は日本国憲法第19条が定める思想・良心の自由に反すると主張して社会問題となった。埼玉県立所沢高等学校では卒業式・入学式での日章旗と君が代の扱いを巡る問題が生じ、1996年より数年にかけて、教育現場及び文部省を取り巻く関係者に議論を呼んだ。また1999年には広島県立世羅高等学校で卒業式当日に、君が代斉唱や日章旗掲揚に反対する公務員である教職員と文部省の通達との板挟みになっていた校長が自殺。これらを1つのきっかけとして法制化が進み、本法が成立した。
当時首相であった小渕恵三は、1999年6月29日の衆議院本会議において、日本共産党の志位和夫の質問に対し以下の通り答弁した。
「学校におきまして、学習指導要領に基づき、国旗・国歌について児童生徒を指導すべき責務を負っており、学校におけるこのような国旗・国歌の指導は、国民として必要な基礎的、基本的な内容を身につけることを目的として行われておるものでありまして、子供たちの良心の自由を制約しようというものでないと考えております。」
「国旗及び国歌の強制についてお尋ねがありましたが、政府といたしましては、国旗・国歌の法制化に当たり、国旗の掲揚に関し義務づけなどを行うことは考えておりません。したがって、現行の運用に変更が生ずることにはならないと考えております。」
一方で、当時文部省教育助成局長であった矢野重典は、1999年8月2日の参議院国旗・国歌特別委員会で、公立学校での日章旗掲揚や君が代斉唱の指導について「教職員が国旗・国歌の指導に矛盾を感じ、思想・良心の自由を理由に指導を拒否することまでは保障されていない。公務員の身分を持つ以上、適切に執行する必要がある」と表明している。

思想、良心の自由というものを盾にしながら、また、片方で公務員ということから、守られている立場を悪用しているとしか見えない。

教育上の観点からも、思想・良心の自由を教えるにであれば、
守・破・離を重んじるべきである。
参考に
http://www9.ocn.ne.jp/~kihunkan/syu_ha_ri.htm

守るということを教えるはずの教育現場での教師の姿勢は大きな問題である。
その上で、破は教えの中からさらに洗練し、学び、と鍛錬から、自己の個性を創造していくものである。
その上で、自己の道を見つけ出し破へと進んで行くのである。

しかし、教育現場がこれでは、子供達が自分たちの生きる道が見つけられないのも当然なのかもしれない。

また、大人社会を見てみると、逆に、”守”というもしに支配され、
”破”や”離”が必要なところで、この視点がかけていることを感じることは非常に多い。

これは、政治にもいえることであるが、世論調査というものに振り回され、軸のない大人の姿に愕然とする。。。

今回の最高裁の判決は社会に対するメッセージ性のかけらもなく、
単に決断をできない大人のはんけつであるというみかたもできるのではないだろうか。

また、法治国家として成熟しないといけない日本としては、大きな後退となる判決があると私は思う。

日本は法治国家がにあらず、
          放置国家であるという現実である。



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